自伝:佐賀美容師時代

プライベート

福岡・博多にて、完全マンツーマンの特化型美容師 クロスパーマ・髪質改善美容師として活動しているKentaman®(深見憲太)です!

この自伝シリーズは、僕の等身大で平々凡々な歴史をあえて赤裸々に公開することで、「kentamanってこういう人間なんだな」と人となりを少しでも知っていただき、初めてご来店いただく前の不安や緊張が少しでも解消できたらな、という思いで綴っております。

▼これまでのの歴史はこちら

自伝:幼少期~中学生時代

自伝:高校時代

自伝:専門学校時代

いよいよ美容師人生がスタート!(※ガラケー時代につき画像なし)

専門学校の卒業式を終えたわずか2日後。

バタバタと入社式を迎え、僕の美容師人生は佐賀県みやき町に本店を構えるサロンで幕を開けました。

当時、山口・福岡・佐賀・熊本と九州各地に10店舗ほどを展開していた勢いのあるサロンです。 ちなみに、入社式の前日に詳細の連絡をもらうまで、僕は自分がどんな状況で働くのかイマイチ分かっていませんでした。

完全に学生気分が抜けていない、ど真ん中を生きていましたね 笑

入社式当日、「あ、俺以外にも同期が6人もいるんだ!」と初めて知る始末。

僕の配属先である本店には同期がおらず、僕一人だけでした。

負けず嫌いな上に「すぐ人と比べて落ち込む」という厄介なメンタルを持っていた僕にとっては、この距離感が大正解。

同じ店舗に同期がいたら、プレッシャーで持たなかったと思います(笑)。

「足がはち切れる」最初の1週間

最初に勤務した本店の営業時間は、朝9時~夜9時までの「12時間営業」

社保なし初任給12万ぐらいだったはず笑

(※まだ『働き方改革』なんて言葉が微塵も存在しない時代です。)

しかも、閉店間際にご来店されたお客様も絶対に断らないという、超ウェルカム体制のお店だったので、深夜0時近くまでお客様がいらっしゃるのもしばしば。内心「えーーーマジか!」と思っていたのは内緒です♡

美容師初日の思い出は、とにかく「足の痛さ」。

生誕して20年、朝から晩まで立ちっぱなしという経験がなかった僕は、本気で足がはち切れるかと思いました。

最初の1週間は、もはや足の痛さとの戦い。

美容師としての技術なんて何もできない「雑用期間」は、精神的にも肉体的にもマジで辛いんです。

なんとか自分にできる数少ない仕事(掃除や準備)を先輩に取られないよう、必死にシャカシャカ動き回っていました。

人間の「環境に慣れる」という特殊能力はすごいですね。1週間もすれば足の痛さなんてすっかり消え去り、今となってはいい思い出です。

イタい新人時代と、深夜のシャンプーレッスン

やる気だけは人一倍あった僕は、一丁前にマウントを取れそうなところを見つけては、先輩に「これ、変えた方がいいんじゃないですか?」とか言っちゃう、なんとも生意気な新人でした。

今振り返ると、完全に「痛いヤツ」のゾーンに片足突っ込んでました(笑)

営業時間が終わる(ほぼ深夜)と、そこからシャンプーのレッスンが始まります。

お店のオープン時に「身長の低いスタッフ」に合わせてシャンプー台が低めに設置されていたため、腰へのダメージも甚大。

毎日0時を過ぎるまで、シャンプーやカラー、縮毛矯正などの技術に全力で向き合う日々が続きました。

 

「髪質改善特化」の土台&早朝7時からの勉強会

このサロンの最大の特徴は、独自の「自己啓発プログラム」が導入されていたことです。 週に1度、近くのグループサロンからスタッフが集まり、ランク別(店長・スタイリスト・アシスタント)に分かれて勉強会をしていました。

内容は「人生を成功させるためには?」的なもの。

文字だけ見ると結構ヤバそうですよね(笑)。

当時は賛否両論あり、「宗教っぽい」と言う人もいましたが……僕は思いのほか、この勉強会が嫌いではなかった。

※朝7時スタートという、早すぎる時間帯を除いては!

あの時に人としての在り方や啓発の勉強をさせてもらえたことは、今の美容師人生の大きな財産になっていrうように思います。

本店勤務という激務の中で、僕がグループ内の「誰にも負けないくらい」一番力を入れて積み重ねたものの一つが【毛髪・ケミカル(化学)・薬剤知識】です。

当時はまだガラケー時代。

ネットで検索しても、今のように専門的な情報なんて落ちていません。

専門誌を買い漁りまくって調べては、グループ内で「めちゃくちゃ詳しい先輩」を見つけては、しつこく質問攻めにしていました。

さらに、休みの日を使ってはセミナー(もちろん実費)に通い詰めました。

グループ内に各技術のスペシャリストの先輩がいれば、わざわざ遠方の店舗まで足を運び、レッスンを見せてもらうためにストーカーのようにつきまとう日々。

スピードデビューと「エゴ」の挫折

目まぐるしい日々を自分なりに全力で駆け抜け、入社から1年が経つ頃。

店舗異動のタイミングに合わせて、スタイリストデビューをさせて頂く事になりました!サロンの育成方針もありましたが、僕自身「早くデビューできるサロン」望んでいました

異動先は、太宰府五条駅のすぐ近くの店舗。

この早すぎるデビューが、僕に冷酷な現実を突きつけます。

「俺なら絶対にできる!!」 多少なりとも自信過剰で、斜に構えていた僕の心は、ここで見事にポッキリと折られました

自分なりに必死に努力はしていました。でもその努力の方向性が間違っていた。

僕がやっていたのは、お客様のお悩みや本当の気持ちを無視した、ただの「自己満足の努力」

美容師という仕事において、お客様の目線が抜けた努力は、ただの【エゴ】でしかないという残酷な現実を、この時痛いほど思い知らされました。

当然、指名のお客様も増えず、売上も伸びません。

不器用な人間が現実に抗うためには、ひたすら勉強し直すしかありませんでした。

人としても、美容師としても、完全に未熟だった22歳。

「なんとかせねば……!」と始めたのが、このブログです。

完全に日記レベルで、見返すと恥ずかしい内容ばかりですが、なんだかんだ更新率は悪めながらも鳴かず飛ばずのブログを20年弱書き続けていることになりますね。笑

じゃあそこからドラマチックにV字回復したのか!?……と言われると、そんな都合のいい展開は一切なく(笑)。

かといってV字の底まで真っ逆さまに落ちることもなく、相変わらずの**「安定の低空飛行」**です。

結局のところ、失敗しては反省してを繰り返しながら、少しずつ、少しずつ地道に積み重ねていくしか、不器用な僕には方法がありませんでした。

九州・山口を車で爆走!23歳の若造リーダー

そんな「安定の低空飛行」を地道に続けていた僕に、美容師としての大きな転機が訪れます。

ある時、グループサロン内で店舗の垣根を越え、スタッフをごちゃ混ぜにした「プロジェクトチーム」がいくつか発足することになりました。

そこでなんと、僕はずっとオタクのように勉強し続けていた薬剤や毛髪科学の知識を買われ、技術的な部分を取りまとめる**「テクニカルチーム」に配属

さらには、全10店舗を回って技術セミナーを行うリーダーに抜擢**されたました。当時、23歳〜24歳頃だったと思います。

対象となる店舗は、上は山口県の下関から、下は熊本まで。

今はZoomなどで簡単にオンラインセミナーができる時代ですが、当時はそんな便利なものは影も形もありません。

毎月、1週間ごとにターゲットの店舗を決め、自分の車をかっとばしてあちらこちらの店舗へ直接出向くという、相変わらずの超アナログで非効率なスタイルです(笑)。

営業後や休みの日に、下関や熊本まで車を走らせる日々。

体力体的にはかなりハードでしたが、まだまだスタイリストとしても未熟だった若造の僕に、もちろん大先輩たちもいる全店舗のスタッフに向けたセミナーを任せてもらえたことは、本当にありがたく、大きな自信に繋がる経験でした。

承認欲求、バチバチに大爆発

人に教える立場になり、自分の知識をアウトプットし始めると、不思議なことに自分自身の「現在地」がより明確に見えてきます。 このセミナーで各地を飛び回っていた辺りから、僕の中の仕事に対するスタンスが、今までとは全く違う次元で熱を帯び始めました。

「今まで以上に、もっともっと美容師として上手くなりたい!」 「目の前の女性をもっと綺麗にして、圧倒的に『可愛いスタイル』を作れるようになりたい!」

……はい、承認欲求と向上心がバチバチに出まくっていた時期です(笑)。

しかし、当時の時代背景として「可愛いスタイルを作る技術」を学ぶのは、今とは比べ物にならないほど難易度が高いことでした。

現代なら、SNSやYouTubeを開けばお家にいながらでもトップスタイリストのカット動画やスタイリング動画がアクセスする方法が盛りだくさん。

僕の時代にはSNSもなければ動画もありません。

じゃあどうやって可愛いスタイルを学んでいたか? ひたすらヘアカタログやファッション雑誌の「静止画」を穴があくほど見つめて「この毛束はどうやって作ってるんだ?」と技術を研究するか、休みの日に自腹でセミナーに行って直接見て学ぶか。

さらには、自分でモデルさんを呼んでスタイル撮影の練習をするために、安月給をはたいて、なけなしのお金で「一眼レフカメラ」を買ったりもしました。

ちなみにその一眼レフ、今の最新のiPhoneのカメラよりも圧倒的にスペックが劣る代物です(笑)。

それでも、そんな超アナログで方法を繰り返すしか、技術を盗みセンスを磨く方法がない時代でした。

もっとスキルアップしたい。 もっと「可愛いヘアスタイル」を作れる自分になりたい。

自分の中でふつふつと煮えたぎる、そんな果てしない欲求と情熱。

その熱が限界に達しようとしていた時、僕の美容師人生を揺るがす「ある情報」が耳に飛び込んできたのです。

「関東の一等地で飛ぶ鳥を落とす勢いの、東京のスーパーブランドサロン。そこでトップスタイリストとして活躍していた方が、福岡に戻ってきて新しいお店を出店するらしい」

この情報をキャッチした瞬間、僕はもう、いてもたってもいられなくなりました。 「あそこで働けば、俺が求めている圧倒的なデザイン力や技術が学べるかもしれない!」

完全に血が騒いでいました。

今の自分の実力が通用するかなんてそっちのけで、まさに「当たって砕けろ」の精神で、すぐさま面接をお願いしたんです。

面接を終え、結果の連絡を待つ1週間。期待と不安で生きた心地がしませんでした。 そして、ついに鳴った1本の電話……。

結果は、まさかの【 合 格 】

歓喜に沸く一方で、僕の心の中には強烈な葛藤も生まれていました。

右も左も分からない底辺ポンコツだった僕を拾い、時に厳しく、時に温かく、5年間も根気強く育ててくれたサロンです。

そこから旅立つことには、言葉にできないほどの引け目と申し訳なさがありました。

でも、ここでチャレンジせずに現状に甘んじていても、

これ以上のうだつは上がらない。

「後悔というものは、チャレンジしない人間の前にしか現れない」

そう自分に強く言い聞かせ、恐怖と申し訳なさを振り切り、勇気を出して新しい世界へ飛び出す決意をしました。

今思い返してみても、「あの時思い切って飛び出して本当に良かった」としみじみ感じます。 人生には時として、こういう「根拠のない勇気(勢い)」が絶対に必要なんだと学びました。

そして盛大に送り出してもらいました

Pz-LinkCard
- URLの記述に誤りがあります。
- URL=

ということで……続く!!(笑)

次回は、いよいよ激動の【福岡美容師編(2度目のアシスタントからの大逆襲)】です!お楽しみに!

 

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